串焼きといば松介。
すっかり定着しましたが、どのくらい前から始められたんですか?

そうですね、14年前、今の「串焼きまつすけ大名本店」がリニューアルする前の

「元気屋まつすけ」から始りましたね。

ノウハウも何もないなかで、ただ単にガムシャラにやってきました。

大変なこともあったし、悔しい思いをしたり、寂しい思いもしましたけど、商売でこうお客さんを、ね、喜ばせること、楽しくさせること、絶対次に繋げようっていう、そういう「志」は当時からすごい持っていたのかな、とまぁ個人的に思いますね。

 

でもなんだかんだ今まで、大変なことも沢山あったけど、仲間に支えられて、沢山の人に支えられて、今があるんじゃないかな、っていうのは、もう確実に実感できていますよね。

ーおぉ!14年!結構長いんですね。
14年続いている秘訣ってあるんですか?
―14年トップを独走しているからでしょうか。
松介=「ねり」。博多の地で塩つくねの文化を生み出しましたね。

いやいや、まぁ、春吉なんかも最初、全然ダメでしたよ。

当時は立地も、そんなに良い場所ではなかった。

下町だけど、周りは老舗の飲食店ばっかりで、一見さんは来ないような場所でした。

 

うん、、、場所のせいにしたりしてましたもん。

 

ほんとにこう、、僕たちが目指すビジネスモデルを根本から変えたほうが良いんじゃないか、って色んな人から言われたり…。

 

でも、やっと1年経ったあたりからかな。

だんだん、こうお客さんが増え始めて…

―苦しい時代を乗り越えられてきた…
どうやって乗り越えたんですか?

成功と失敗って、この差って何なのかっていうと、諦めるか諦めないかだと思うんですよね。

 

ジューシーで美味しい塩つくね、「ねり」ですね、を提供したい!っていう思いから商品開発にも励んだし、それに「串×ワイン」は絶対に合う!という気持ちも粘り強く持ってきた。

 

その結果、春吉が繁盛店になって、お客様をお断りしないといけないことも増えて西中洲に店舗を構えた。

春吉や西中洲に来て頂いていたお客さまが結婚され、お子様が出来て、なかなか来店できないと残念だと言ってくれたからこそ、グランドハイアット店でファミリー向けの松すけを構えることが出来た。

 

やっぱり諦めない気持ちが、今に繋がったし、沢山の支えてくれる人たちが僕たちを成長させてくれたんじゃないかなと思います。

松介は、これからどうなっていくのでしょう?

自創自立!

 

自分から自発的に物事を考えながら、自分達で料理をつくって、接客を通じて色んなことを学んで、

それを自分のものにして、立ち上がっていく。

その場その場で長になっていきながら、今後の自己実現をやっていける集団でありたいですね。

 

今、出来るうちに徹底的に磨きこむことですね。

どんどん右肩あがりに行なるためにも、やっぱり一人一人がプロフェッショナルな精神を持って、プロとしての在り方っていうのを自分で作ってもらいたいし、自分達で感じて、それを自分のものにして、自分で巣立っていく。それからまた壁がやってきて、

また成長していくんじゃないかなって。

―そのためには?
―でも、成長するのも個人の資質っていう所もありますよね…。

そう。

だから、成長していくような仕組みだったり、そういうのは作っていきたいと思っていますね。

 

僕たちはまだまだ創る段階だから。

そこからまた羽ばたける。

―なるほど。ブレない信念が要りますね。

僕たちは「幸せを創造していくんだ」っていうことを常日頃思っておけば、それを軸にできる。幸せを創るんだって。

自分たちが幸せを創りだして、業界を変えていく。

 

労働時間にしても、営業時間にして報酬にしても。

 

一つ一つをクリアしていくことが、基盤を作り続けていくことに繋がると思います。

 

未来へつながる。

やりがいにつながる。

 

辛いことはいっぱいあるけど、今やっておかないと先には繋がらないし。今、ここで、皆が満足して働いていけるステージを作っていかないといけないですね。

 

僕たちは、店舗自体が輝けるステージだから。